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年齢を重ねるほど、おしゃれは難しくなる。
そう感じる人は少なくありません。
樹木希林さんの装いを見ていると、「おしゃれは100点じゃなくていい」と思えてきます。
決してファッションリーダーでも、いつも完璧な着こなしでもない。
うまくいった日もあれば、「あれ?」と思う日もある。
それでもいい。
欠点やスキがあるほうが、人は魅力的なのと同じで、ファッションもまた“生き方”の一部だからです。
樹木希林さんは、「美人でないことが一番得をした」と語っています。
自分を否定せず、最大限に活かしきったからこそ、50代以降の装いは、若い頃よりも美しく見えるのでしょう。
樹木希林さんのファッションが年齢を重ねて美しい理由
樹木希林さんのファッションは、その生き方と同じく、オリジナリティがありとても魅力的です。
不思議なことに、若い頃よりも、50歳を過ぎてからのほうが、より美しく感じられます。
也哉子さんが「はじめて買ってもらった服」は、コム デ ギャルソンオムのメンズのつなぎで、元木さんに選んでもらったものだったそうです。
また、コム デ ギャルソンのショップを見て「おこがましいですが、母のセンスと似ていると感じた」と語られています。
ロックやアバンギャルドなテイストを持つコム デ ギャルソンの服には、確かに共通する空気がありますね。
ただ、そのまま着ると、樹木希林さんの場合は少しハードに寄りすぎる印象もあります。
そこで希林さんは、はっきり主張のある服だけで固めるのではなく、
あえて無個性な服やリフォームしたアイテムと組み合わせ、ご自身らしいバランスで着こなされていました。
たとえば赤を取り入れる場合も、日本人の高齢者には強い赤ではなく、オレンジ寄りの色味がよく似合います。
スカートも黒ではなくブラウンを選ぶことで、全体にやわらかさが生まれています。
モデルでもなく、若さに頼らない、個性的な樹木希林さんだからこその着こなし。
それは決して簡単なことではありません。
だからこそ「自分だったらどう着るだろう?」と考えながら学べるのです。
モデルは、言ってしまえば人台やハンガーに近い存在で、どんな服でも成立しやすい。
モデルが着るときは服が主役ですが、私たち普通の人が服を着るときは、人そのものが主役になります。
普通の人のほうが、実は個性が強く、着こなしは難しい。
でも、その分だけ、装いには面白さがあるのですね。
樹木希林さんはコムデギャルソンに通じる感性がある
つまり、型にはまらない「ロック」な感性なのだと思います。
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発想も、表現も、出来上がりも、どれもが斬新。
そこに計算しすぎない自由さがあります。
樹木希林さんのおしゃれから学べるのは、
服を着ることは、誰もがオリジナリティを表現できる行為だということ。
そして、それ自体がとても素敵なことだという点です。
自分らしく、個性的に着こなしている姿は、ときに面白く、ときに十分に美しい。
その振れ幅こそが魅力なのだと感じます。
ファッションの目的は、
ただ「美しい」「かっこいい」だけではありません。
その人らしくいられること。
60点の日があっても、80点の日があってもいい。
そんなふうに装いを楽しんでいいのだと、教えてくれます。
もったいないを楽しむ|樹木希林さんの服との向き合い方
継ぎ接ぎも、ダーニングにすれば、味のある素敵なおしゃれになります。
不思議なことに、繕ったりリメイクしたりする作業は、心まで落ち着かせてくれますね。
着るものを最後まで使い切るという考え方
樹木希林さんの洋服への向き合い方の根底には、
「もったいない」「使い切る」という、とてもシンプルな価値観があります。
そこに、どうアレンジを加えるか。
考えることで、自然とクリエイティブな感覚も鍛えられ、センスも磨かれていきます。
友人のご主人が残した、メンズのアンダーウエアのパンツを譲り受けて履いていた、というエピソードも、その延長線上にあります。
前が開いていても、生地が重なっているから、意外と暖かいのかもしれませんね。
着古した服は雑巾にして終わらせる
樹木希林さんの「気持ちよく使い切る」という価値観。
着古した衣類も、雑巾にして最後まで使い切ると、気持ちがいいのだそうです。
Tシャツや肌着は、雑巾としても十分役に立ちますね。
捨てられそうな服をアレンジして着る
也哉子さんのご主人である本木雅弘さんが、捨ててあった白シャツの裾をカットしたところ、
短くなりすぎてフリルを足した、というエピソードも印象的です。
リメイクの発想は大胆ですが、仕上がりはとても素敵でした。
セーターの袖は、古くなったらレッグウォーマーに。
シャツの袖は、アームカバーとして使うこともできますね。
人の服を、自分らしく取り入れるセンス
ジャケットは、リリー・フランキーさんのものが気に入って、譲り受けたのだそうです。
ジャケットにシャツを合わせ、スカーフ代わりに、旦那さまのネクタイをゆるく結ぶ。
とても自然で、よくお似合いでした。
洋服のリフォームも、一見すると適当なようでいて、それが「いい感じ」にまとまるのは、やはりセンスがあってこそ。
自分では思いつかないときは、希林さんの本や写真から学ぶのも一つの方法です。
そのときに、「私だったらどうする?」と考えながら、少しだけアレンジしてみる。
ダーニングや刺し子も、そのヒントになりますよ。
樹木希林さんのコーディネートが年齢を問わず参考になる理由
希林さんはフェミニンタイプでなくてもお似合いなので色柄次第でどなたにも似合います。
樹木希林さんは着物リメイクもよくされていました
樹木希林さんは、いわゆる可愛めが似合う、フェミニンタイプではありません。
それでも、色や柄の選び方次第で、年齢やタイプを問わず「似合う」を成立させていました。
その視点こそが、多くの人にとって参考になる理由です。
衿元をリボンタイ風にするなど、着物のイメージを活かしたデザインが多く見られます。↓
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上の写真では、着物地で仕立てたブラウスに、
着物の羽織を少しリメイクしたものを重ねているように見えます。
着物地は絹素材が多く、肌触りがよく、吸湿性・放湿性にも優れています。
軽さもあり、60代以降の服としてもとても快適です。
襦袢なども、リボンタイ風の衿にアレンジすると、想像しやすいですね。
テレビ番組の”徹子の部屋”でも、着物リメイクのワンピース姿が印象的でした。
少しくすんだ、やさしい色の着物地を使い、ペタンとした丸い衿のワンピースが、意外なほど可愛らしかったのを覚えています。
いわゆる「希林さんらしさ」とは少し違う、やさしい雰囲気のワンピースでしたが、とてもよくお似合いでした。
顔立ちの印象とは異なるものの、古い着物生地の落ち着いた色合いだからこそ、
70歳近い年齢にふさわしい可愛らしさになっていたのだと思います。
これが現代の布で、はっきりした可愛い色だったら、同じ印象にはならなかったでしょう。
着物の色柄は、日本独特の美しさ
色柄を活かすという発想
着物はシルクであることに加え、
色、柄、配色、組み合わせ方すべてに、不思議なミックスの魅力があります。
一方、洋服の色合わせは、
同系色・濃淡・補色など、比較的シンプルな法則が基本です。
たとえば、同系色なら、黒とグレー、サックスとネイビー。
補色なら、ピンクとグレー、オレンジとカーキなど。
洋服では、一色だけの着こなしや、同系色コーディネートが「失敗しにくい基本」とされていますね。
それは、洋服は形やアイテムの種類、デザインがとても豊富だからです。
一方で、着物の形は基本的に一つ。
だからこそ、一枚の布の中で、色や柄が複雑に共鳴し合い、独特の美しさが生まれます。
色も柄も形も、すべてが単純では、面白くならないのです。
着物と帯のコーディネートも、
洋服の感覚では推し量れない、想像を超えた合わせ方が多くあります。
そこに、日本人の美意識の確かさを見る思いがします。
私は洋服の勉強をし、洋服を着て、デザイナーとして働いてきましたので、着物には慣れていません。
そこで、洋服のセンスで選び、試着してみたところ、どこかさびしく、つまらない印象になってしまいました。
ところが、お店の方のコーディネートで着てみると、不思議と「私らしい」仕上がりになったのです。さすがでした。
付け下げでしたが、全体はサーモンピンク系。
一見すると似た色ばかりなのに、実はピンク系以外の色も多く使われていました。
そして後になって、そのサーモンピンク系が、一生を通じて自分に似合う色だとわかりました。
だからこそ、着物地で洋服を作るときは、布をよく観察し、その色柄を活かすアレンジをしたいですね。
靴は4足だけ|少ない選択が生むおしゃれ
樹木希林さんは、長靴を含めて、靴は4足だけと決めていたそうです。
そう考えると、そのうち2足ほどは、日常で歩きやすく、どんな服にもなじむ靴だったのではないでしょうか。
残りの1足は、映画や舞台の発表など、少しあらたまった晴れの場や、特別な場面のための靴だったのかもしれません。
数を絞ることで、「何を履こうか」と迷う時間も減り、結果として、自分らしいおしゃれがはっきりしていく。
そんな考え方が伝わってきます。
まとめ
樹木希林さんから学べるのは、「自分をどう活かすか」という視点です。
おしゃれは、センスだけで決まるものではありません。
その人の生きる姿勢や考え方が、自然と表れるもの。
自分自身も「使い切る」工夫を、ずっと続けてこられたのだと思います。
誰でもオリジナリティは持っています。
そして、年齢を重ねるほど、もっと自由に、自分らしく装っていいのだと感じさせてくれます。
年を重ねた分、自分自身も輪郭がはっきりし、自信にもなり、おおらかにもなるから。