大人の上質な日常服 ~ここち日和~

雰囲気のある定番と、ほんの少しの遊び心を byキラリネン

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おしゃれの基本

ファッションのはずしとは?型を破って表れる魅力

 

ファッションのはずしは、意外性の美でもある

 

「その合わせ方、普通ならしないのに素敵。」

そんな装いに出会うことがあります。

ファッションの「はずし」と呼ばれるものには、整った正解から少し外れたところに生まれる魅力があります。

けれど、その小さな違和感は、誰にでも簡単につくれるものではありません。

はずしは、ただ型を破ることではなく、その人の感性や自由さ、知性が自然とにじむものだからです。

たったひとつの外しに、品性が強く表れたり。

この記事では、ファッションの「はずし」とは何か、その魅力と難しさ、そして装いに映る心の自由さについて考えます。

 

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ファッションの「はずし」とは?整えすぎない魅力のこと

はずしても、生まれ持った資質、知性、品性があらわれるもの。

ファッションの外し…思い出すこと

タキシードはジーンズのように、ジーンズはタキシードのように着こなす。by 伊丹十三

すばらしい映画監督でもあった伊丹十三さんは型にはまらない思想で素敵なエッセイも残されています。

わたしがファッションの何も知らない頃に出会ったこのことばにおもしろさを感じてはっとしたのでした。

この言葉を知った時、えっ?と思いましたがわかるような気もしました。

 

タキシードとジーンズは対極にある服、どう考えてもあり得ないことばなのになぜか分かる気がしたのです。で、その感じを想像して見ました。

 

タキシードは普通なら緊張しますよね?

しかしジーンズのように着こなしているのですから気遅れもなくその場格調高い場面になじんでいるのでしょう。

また、ジーンズなのにタキシードを着ているみたいに品格を感じさせるならその人自身に気品が漂っているのでしょう。

 

それにどんな人にも場所にも気おくれしない余裕のある人ですよね?

つまり、それって意識していなくても自信もあり、育ちのよい品のある人でないと無理ですよね?

この ”タキシードをジーンズのように…” というのもある種の ”はずし” に通ずると思います。

うまく言えません両極を合わせているところが定形外だから。

 

はずしのテクニックは定型外の魅力

美は定型もあるし定型外もあります。

調和の美もアンバランスの美もあります。

美とは言えなくても面白いのもあります。

ハズシでふっと息抜きができてほっとする、という感覚もあります。

 

ハズシのテクニックは型から離れる意外性の美とかおもしろさだと思うんですね。

すべての人が制服を着ていたら息苦しいし
すべてがバラバラでも疲れるし、
すべての人が調和していても息苦しいです。

調和の美、不調和の美
美しいもの、面白いもの
可愛いもの、
たいくつなもの、型破りなモノ、
あらゆるものが混在していて
ある意味、調和がとれているともいえますね?

 

人は美しいものやカッコいいもの、かわいいものやおもしろいものが好きですが、退屈なものに安らぎを感じたりもします。

とんでもない顔の犬をブサ可愛いと思ったり、

そういう心理からも、はずしのテクニックは生まれているように思います。

幼い子供が左右反対に大人の履物はいたり、大きすぎる服を着ていて可愛いのも一種のハズシの可愛さ!ですね。

 

いろいろあった“ファッションの外し”

ジーンズにハイヒールを合わせたり、ジージャンに透ける素材のプリーツスカートやレースのギャザースカートを合わせたり。

裏毛のアウターにやわらかいロングスカート合わせ足元はスニーカーとか。

テイストの逆のものを合わせてはずしていることで、何かが生まれそれをなぜか新鮮!と感じる。

素敵な偶然が表れたらはずしの効果が出たわけです。

違和感だけならただ合わないだけ。

 

その結果も新鮮な魅力に感じる人もいるし、わからない!と思う人もいます。

みんなに理解されるのは無理だからそれを着る場合はTPOも大事ですね?

はずしのテクニックによって、どこでだれにどういう目的で会うかによって着てもいい場所かどうかは想像できますね?

 

またそういう着こなしはただテレビや雑誌で見てマネるのではなく、

おもしろいとか新鮮とか感じて着て見て似合うと思わなければしない方がいいと思います。

はずしの失敗は滑稽に見えますから。

 

ファッションと心の自由さはいつも響きあっている!

ファッショは見えていて心は見えないけれど奥でつながっていると感じる…

 

↑ 見事に着くずしておしゃれですね?

 

無理をしなければ新しいものは生まれない

普通に勉強しても仕事しても新しいことはなかなか生み出せません。

絵を学んでいた時も、『乾いたぞうきんを絞るように…アイデアをひねり出す』とか。

ファッションを学んでいた時、デザインの授業でさまざまな課題がありました。

 

ある時は、”服地以外で服を作る”テーマ”

ハンカチ、シーツ、椅子布、コーヒー袋など、布だけど普通は服を作らない布で洋服のデザインをするのです。

ある時は、”常識をはずして着方を考える”テーマ”

スカートをウエストではかないで肩から着て見るとか、カーディガンを上下逆さにして着るとか?

ワンピースの下にもパンツ(ズボン)をはくとか?⇒これは今では普通になっていますね。

 

” 洋服の始末の仕方も当たり前を破ってみる” テーマ

縫い代を始末しないで断ち切りのままにしておく、しつけ糸を残したままデザインとする、など。

しつけ糸を残すって?と驚いたのですが、ある種の刺繍と思えばあり得ますよね?

 

ハズシのテクニックもそういう考えから生まれたのかも?

オリジナルな新しい着方はないだろうか?と考え続けた結果は賛否両論になると思いますが、

ファッションや美の定義に答えは一つではないから…

 

たったひとつの外しに強く表れるその人となり

ふとした言いまちがいに笑ってなごめたり、なめらかな話し方の中に一つだけ方言が混じったりするととても魅力的に感じたり、

そんな経験はよくありますよね?

そこに案外強く個性は表れるものなんですね。

ファッションの外し効果もそういことと似ていると思いませんか?

 

服の選び方には心の自由度が映る

服の選び方には、その人の心のあり方が思う以上に表れるものです。

流行を上手に取り入れる人、定番を丁寧に着続ける人、誰にも似ない組み合わせを自然に楽しむ人。どれが正解ということではなく、装いにはその人のものの見方や、自分との付き合い方が映ります。

ファッションの「はずし」が面白いのも、そこに小さな自由が見えるからかもしれません。

 

「普通はこう合わせる」という暗黙のルールから、ほんの少しだけ外れてみる。そこには、自分の感覚を信じて選ぶ姿勢があります。

もちろん、無理に冒険するのではなく、誰もが大胆なはずしをする必要もないでしょう。

けれど、「こうでなければならない」から少し自由になるだけで、服は不思議と生き生きし始めます。

年齢を重ねるほど、何を着るかだけではなく、どう選ぶかが装いの雰囲気をつくります。

服の選び方に映る心の自由度とは、派手さや個性の強さではなく、自分の感覚にどれだけ素直でいられるか…そんなことなのかもしれません。

 

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ファッションのはずしは結果が答えになる

ただ崩せばよいわけではない

”はずし” は、結果が答えだから見る眼の確かさがなければ…黒ばかりのコーディネートに赤いバッグとか合わせたりしますね。

それがはずしポイントになったり。

黒一色でも肩や腕、足などが見えるノースリーブワンピースならばシンプルで美しいです。

しかし、顔以外全部黒ずくめは息苦しいですよね?

ただハズせばいいのではなくやってみて、その結果をどう感じるか?センスがないとカッコ悪いだけです。

 

見て新鮮に感じたら、試す、チェックする、実行する…

繰り返し体験することでよりセンスは磨かれて、ファッションのはずしも似合ってくると思います。

それが似合うのは自由な感性があればこそ、ですね?

 

ユーチューブで人気のマコなり社長もおっしゃっています。

大人に大事な科目は、アート、哲学、プログラミング、だと。

アート観賞は、自分で問いと答えを見つけることに意味があるのだそう。

奥が深く真理だなあと思います。

会社がピンチになっても、若い型破りな発想で新しいビジネスチャンスを見つけ成功している人がいます。

正に自分で問いと答えを見つけたのです。

 

人のはずしはやりすぎない方が美しい

はずすスタイルって不思議ですよね?

美とか魅力とか面白さとかは型があったりなかったり、壊したりすることで表れることもあるし…

小学生の低学年の頃に中学生の美術の本を見ていて、印象に残ったことがありました。

無地の器の下に、模様が無くて美しいと書かれ、柄のある器に下に、模様が合って美しい、と書かれていました。

それを見たわたしは、意味がわからなかったのです。『模様はない方が美しいの?ある方が美しいの?どっち?』と。

どっちも美しい…今ならわかります。

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